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  二戸市史 史料叢書

二戸史料叢書 第一集 『福岡通代官所文書 上』

(平成10年3月発行 3,000円 306g)

 福岡城代南部家直が16歳で亡くなったので、元和二年(1616)に代官をおいて、管轄統治にあたっていた。元和四年の頃は現在の社会保険事務所あたりにあったようだが、その後國分保男氏宅あたりに移転し、延享元年(1744)には代官所の建て直しが行われている。-「福岡御役所雑書書抜」
 
 福岡通代官所は、二戸郡の七十二ヶ村、一万三千七百六十九石を支配していた。
 第一集は代官所管轄・御役高並びに支配帳・御役屋年中行事・代官所の職制等を収録した。
 弘化三年(1848)午正月に記載された「福岡通御代官所御役高書上帳」によれば「主税様御返地」「主計様御返地」の記録があり、地名である御返地の由来が理解できる。

二戸史料叢書 第二集 『福岡通代官所文書 中』

  (平成10年11月発行 2,000円 383g)

 第二集は主として「福岡御給人」、つまり福岡在住の盛岡藩家臣団について収録した。

 この御給人たちは、代官指揮の下で、下役・物書以下の諸役につき、地方統治の第一線で活躍したのである。役人の心得・御給人等の員数及び由緒帳・役人の職務・高札及び伝馬賃銭並びに里数留帳等が掲載されている。「福岡通給人等一覧…安政四年」には家のわかる先祖名も多い。

二戸史料叢書 第三集 『福岡通代官所文書 下』

  (平成11年12月発行 2,000円 367g)

 第三集では、代官所の重要な任務である管内からの年貢や諸税、諸役金銭の徴収についての関わりを収録した。藩境見回書上・諸負担・郷割・諸費取立差上・諸普請入方・願訴留・巡見使等について記載されている。天和三年(1683)、福岡中の検地が行われ、年貢徴収が定められたが、諸役として粒荏・薯蕷・紙・墨筆・燈油・水渋柿・栗・かたくり・榛・やまぐわ・竹の子・へりなし畳等も対象になっている。

二戸史料叢書 第四集 『戊辰戦争と代官所の終焉』

  (平成13年1月発行 2,000円 323g)

 慶応四年(1868)に始まった戊辰戦争は、徳川幕府体制を完全に解体させ、明治の近代国家形成の基礎を確立したのですが、この動乱の中で二戸の先人や地域の関わりがどうであったか、その様子が前後の事情も含めて興味深く描かれています。会津征伐応援に福岡給人も百七十五人編成で出征したが、末尾の記述によると先魁隊十五名の内五名は、「軍装異議」異国風軍装(股引に似たズボン姿)を嫌い甲冑着用を主張し、除隊。盛岡から帰福と帰されている。“福岡サムライ”が思われる。

二戸史料叢書 第五集 『町のくらし』

  (平成14年2月発行 3,000円 480g)

 第一集から第四集までは福岡通代官所の文書に基づいたいわゆる“官”の記録であったが、第五集『町のくらし』は、一般の人々の暮らしの様子を収録した。盛岡藩政下の在町としての福岡は、どのような暮らしぶりであったでしょうか。宝暦4年(1754)から文化三年(1806)までの五十二年間の財富覚や、慶弔・災害・商い・市日・祭礼・相場など、当時の二戸の人々の暮らしが収録されている。
 下斗米惣兵衛(大作の祖父)の豪勢な商い、やどこ、祝儀等の到来物に見る近所付き合いのこと、正保の時代(1644)から現在も続く市日の様子など人々の生き生きとした姿が浮かぶ。

二戸史料叢書 第六集 『旅へのいざない』-伊勢参宮道中記― 

(平成15年1月発行 3,500円 580g)

 二戸市 は、平成14年12月1日東北新幹線「はやて」の開業により、東京まで2時間50分という画期的瞬間を迎えた。この新幹線開通を記念して、昔の道中記を編集した。「一生に一度はぜひ、お伊勢参りと上方巡りを……」と仲間と共に、100日にもわたり歩き続けた二戸の人々の記録を、宝暦十年(1760)から明治23年(1890)までの古文書・道中記・往来証文などから収録した。これらの史料により名所・旧跡はもとより、各地の産業・文化・人情・等々に接しながら、当時の旅と人々の心に触れることが出来る。

二戸史料叢書 第七集 『村のくらし』

  (平成16年3月発行 3,000円 465g)

 二戸史料叢書第七集は、村方史料として村や農民の暮らしに係る文書を収録しました。江戸時代は、身分制社会で武士はほとんど生産に関与せず、農民と町人(農・工・商)が生産経済を担っていた。中でも原則的に農業経済が基盤だったこの時代においては、村の暮らしに関わる事項は多岐にわたっている。諸要書留・飢饉・一扎之事・不時出金・不伝馬・一里番高・庶民金融・検地帳・年貢皆済目録・宗門書上帳・家葺替・馬匹関係・その他等から村の住民たちが、どう生きてきたかをくみとれる史料集である。

二戸史料叢書 第八集 『福岡の武芸』

  (平成17年1月発行 2,000円 281g)

 寛文(1661~)の頃、当地方に伝わったと言われる剣法は、寛政時代(1789~)には福岡御給人の士気を鼓舞し、伝播隆盛は下斗米大作の平成閣・幕末の会輔社・令斉所へとその精神が引き継がれている。
 第八集は、福岡の武芸について、武芸の由来・武術覚・兵要録聞書・下斗米大作著作等、今に残る史料を収録した。天保12年(1841)の「実用流兵術出席留」等には、私達にも思い当たる先祖の名が連なり、現代二戸の柔剣道への歴史的底流が感じられる興味深い史料集である。

二戸史料叢書 第九集 『先人の足跡』

  (平成17年3月発行 2,500円 430g)

 “歴史と先人のまち二戸”は、あまたの人材の輩出によって支えられてきた。
 第九集では、現存する辞令類や略伝・行状記とともに、「下斗米将真遺墨碑」・「南部信直公御葬礼場碑」・「大作神社の由来」等、建碑日誌を収録した。二戸の人たちにとっては忘れてはならない歴史であろう。
  二戸市 史監修者高橋冨雄氏のことば、「思はざりき かゝる人達かくありて かゝる歴史をかくなしゝては」を実感できる史料集である。

二戸史料叢書 第十集 『御給人のくらし』

  (平成19年3月発行 2,000円 278g)

 九戸の戦終結後、南部信直公は「福岡城」を居城として治世を布いた。やがて盛岡城の完成により、元和元年(1615)利直公は群臣を率いて盛岡に移り、福岡に残った士分の者たちは、福岡御給人として代官所の支配を受けた。また、新田開発をしたり、藩に献金をしたりして御給人になるものも現れた。幕末の会輔社をはじめ田中舘愛橘を生んだ尚武向学の気風も福岡御給人の中から生まれたし、御給人が明治維新後も、そのまま残って現存する家系も多い。この古い家系に残された願上、届出、申渡、仰付などを収録したのが本書であり、当時の御給人のくらしを知ることが出来る。

二戸史料叢書 第十一集 『二戸郡福岡町の誕生と成長』

(平成20年12月発行 3,000円 934g)

 戊辰戦争後、幾多の変遷を経て、現在の二戸市の基になる二戸郡福岡町が明治22年に誕生したが、その後10年の町の成長記録を当時の史料(町内記録)から解読しているものである。当時の町の執行機関(三役)や議員の様子、町財政の状況、町政の詳細な歩み等、年度ごとに記載されており、現在と同様な地方行政を取り巻く厳しい状況が垣間見ることができます。政治・行政に係わる方には是非一読願いたい。

二戸史料叢書 第十二集 『五日町検断所文書・御蔵肝入控帳』

(平成22年12月発行 B5版 210ページ 2,000円 472g)

 市史編さん室では、地元の古文書を解読した「史料叢書」と、一般にも分かりやすい物語ふうの「史料叢書別冊」を刊行しています。
 20年度発行の別冊第三集「二戸歴史物語」と、21年度発行の別冊第四集「続二戸歴史物語」は、おかげさまでたいへん好評を頂きました。
 22年度の発行は、地域に残る貴重な古文書を解読・復刻した二戸史料叢書 第十二集「五日町検断所文書・御蔵肝入控帳 他」です。
 古文書そのものなので、「別冊」よりやや難しいところはありますが、内容が分かりやすいように項目別に分け、できるだけ詳しい注釈をつけました。

 江戸時代、福岡村の二つの町場は、町長に当たる検断が支配していましたが、当時の五日町検断所の文書により、町民たちがどんな生活をしていたか、どんな事件があったかなど、住民の暮らしを具体的に見ることができます。
 城下町当時の繁栄とその後の窮乏、商売の認可、酒の上の乱暴、火災の被害、植林、相撲興行、飼馬の逃亡、賭博の喧嘩など、色々な出来事があります。
 しかし、その中でも、万延元年、千両箱が煙のように消えた幕府御用金盗難事件は、藩の大事件となりながら、秘密のまま迷宮入りしてしまい、その詳しい記録は、現在、本書でしか見られません。
 また、九日町の御蔵肝入、阿部忠兵衛の控帳(覚え書き)は、御蔵肝入が、年貢の収納だけでなく、町の祭典、橋の清掃、災害への対処、雨乞いや晴天祈願、祭典、代官の藩境視察や山遊びの段取りまで細かく計画し、検断よりも、むしろ御蔵肝入が、代官を助けて町政・村政の具体的なプロデュースをしていたことが分かります。
 郷土史に興味を持つ方のためには絶好の資料と思われます。

二戸史料叢書 第十三集 『福岡村用係文書』

(平成23年12月発行 B5版 292ページ 2,000円 645g)

 この度、二戸史料叢書第十三集『福岡村用係文書』を刊行することができました。
 第十一集からこの十三集までは、江戸期の福岡・福岡村・福岡町の「福岡三部作」です。編集の都合で、刊行が時代順でなくなりましたが、これで三部作が完成しました。
 十一・十二集も今回の十三集も、岩手県内でも珍しい資料を収録しましたので、まだ、三冊全部をお持ちでない方は、この機会に全部お読みいただければと思います。
 『福岡村用係文書』の重要な主題は、まず、国家の大事業「地租改正」が、岩手県に移管した福岡村民にとって、どんな負担だったのか、ということです。
 そのため、県令の通達、村民たちが自分の土地を守るためにどんな苦労をしたか、村用係の激務(測量・台帳造り・村民の申請を添削、県の厳しい審査で新しい台帳作成)と、その経費は殆ど村で負担したことなど、「村から見た地租改正」を、史料で具体的に示すことを心がけました。
 また、青森県所属当時の「第三小区会議案」も大変珍しいもので、この叢書以外ではまず見られないでしよう。
 そのほか、当時の村の生活を表す願書や報告に見られる出来事、警察費や祭典費の負担、道路工事や旧岩谷橋架け替えの詳細のほか、出産・死亡・売買など、いろいろな出来事があります。
 また、それらの願書や住民名簿などの中に、市民の皆さんの祖父や曾祖父の名が出てきたりすることも、興味をそそるかもしれません。
 これまでの「福岡三部作」では、それぞれの巻に、県下でも『二戸史料叢書』にしかない重要な史料を収録してきました。
 (例えば、『五日町検断所』の巻の、幕府御用金盗難事件や、町政プロデューサーとしての御蔵肝入。『福岡町』の巻の、町会・予算決算・町村事務報告など)
 今回も「地租改正」の具体的な記録など、他では見られない貴重な資料を集めて編集しましたが、厖大な史料の中から限られた資料を精選・収録したため、まだ決して十分とはいえません。
 「解題」では、江戸時代から明治までの福岡村の字名・地名の変化を詳しく解説しましたので、市民の方々には、ご自分の居住地がどんな変遷をたどってきたのか、知って頂き、昔からの文化財やすぐれた景観など、今も残る古いよいものを大事に守っていただきたいと思います。

二戸史料叢書 第十四集『東北の松下村塾 会輔社(上)』

   (平成25年2月発行  2,000円 )

 今回は「開明二戸のシンボル」、会輔社の特集です。東北の一隅、茶室「槻蔭舎」で始まった会輔社は、「北の松下村塾」、会輔社を生んだ福岡は「東北の鹿児島」とたたえられ、その史跡・史料は市の文化財に指定されています。

 本書は、会輔社の起こりと盟約に筆を起こし、会輔社の師、会輔社規則、社員名簿、会輔社の支柱小保内定身、会輔社の事蹟、稲荷文庫等までで、以下は次巻に収録の予定です。幕末から明治にかけての動乱と国難の時期、私たちの身近な祖先が、新しい時代の国づくりのため立ち上がった経過を、市民の皆さんに読んでいただきたい一冊です。

二戸史料叢書 第十五集『東北の松下村塾 会輔社(中)』

   (平成26年2月発行  2,000円 )

 今回は二戸地域の学校教育に関する会輔社の活動を取り上げました。

 幕末の頃、藩の教育改革に率先して応えた、藩校の分校ともいうべき「令斉場」(名前は藩主利剛公の命名)の活動。江刺県学校「寸陰館」と会輔社。「福岡小学校」の創立と会輔社の深い関わり。創立後前途多難の小学校を守る会輔社員、特に、学区取締、岩舘武敏の活躍はドラマのようにおもしろく、多くの方々に読んでいただけるよう、特に一部に振り仮名をつけて収録しました。

 そのほか、会輔社が東北の内乱を阻止した「真田太古事件」の資料を収録しています。

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