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  二戸市史 史料叢書

二戸史料叢書 第十一集 『二戸郡福岡町の誕生と成長』

(平成20年12月発行 3,000円 934g)

 戊辰戦争後、幾多の変遷を経て、現在の二戸市の基になる二戸郡福岡町が明治22年に誕生したが、その後10年の町の成長記録を当時の史料(町内記録)から解読しているものである。当時の町の執行機関(三役)や議員の様子、町財政の状況、町政の詳細な歩み等、年度ごとに記載されており、現在と同様な地方行政を取り巻く厳しい状況が垣間見ることができます。政治・行政に係わる方には是非一読願いたい。

二戸史料叢書 第十二集 『五日町検断所文書・御蔵肝入控帳』

(平成22年12月発行 B5版 210ページ 2,000円 472g)

 市史編さん室では、地元の古文書を解読した「史料叢書」と、一般にも分かりやすい物語ふうの「史料叢書別冊」を刊行しています。
 20年度発行の別冊第三集「二戸歴史物語」と、21年度発行の別冊第四集「続二戸歴史物語」は、おかげさまでたいへん好評を頂きました。
 22年度の発行は、地域に残る貴重な古文書を解読・復刻した二戸史料叢書 第十二集「五日町検断所文書・御蔵肝入控帳 他」です。
 古文書そのものなので、「別冊」よりやや難しいところはありますが、内容が分かりやすいように項目別に分け、できるだけ詳しい注釈をつけました。

 江戸時代、福岡村の二つの町場は、町長に当たる検断が支配していましたが、当時の五日町検断所の文書により、町民たちがどんな生活をしていたか、どんな事件があったかなど、住民の暮らしを具体的に見ることができます。
 城下町当時の繁栄とその後の窮乏、商売の認可、酒の上の乱暴、火災の被害、植林、相撲興行、飼馬の逃亡、賭博の喧嘩など、色々な出来事があります。
 しかし、その中でも、万延元年、千両箱が煙のように消えた幕府御用金盗難事件は、藩の大事件となりながら、秘密のまま迷宮入りしてしまい、その詳しい記録は、現在、本書でしか見られません。
 また、九日町の御蔵肝入、阿部忠兵衛の控帳(覚え書き)は、御蔵肝入が、年貢の収納だけでなく、町の祭典、橋の清掃、災害への対処、雨乞いや晴天祈願、祭典、代官の藩境視察や山遊びの段取りまで細かく計画し、検断よりも、むしろ御蔵肝入が、代官を助けて町政・村政の具体的なプロデュースをしていたことが分かります。
 郷土史に興味を持つ方のためには絶好の資料と思われます。

二戸史料叢書 第十三集 『福岡村用係文書』

(平成23年12月発行 B5版 292ページ 2,000円 645g)

 この度、二戸史料叢書第十三集『福岡村用係文書』を刊行することができました。
 第十一集からこの十三集までは、江戸期の福岡・福岡村・福岡町の「福岡三部作」です。編集の都合で、刊行が時代順でなくなりましたが、これで三部作が完成しました。
 十一・十二集も今回の十三集も、岩手県内でも珍しい資料を収録しましたので、まだ、三冊全部をお持ちでない方は、この機会に全部お読みいただければと思います。
 『福岡村用係文書』の重要な主題は、まず、国家の大事業「地租改正」が、岩手県に移管した福岡村民にとって、どんな負担だったのか、ということです。
 そのため、県令の通達、村民たちが自分の土地を守るためにどんな苦労をしたか、村用係の激務(測量・台帳造り・村民の申請を添削、県の厳しい審査で新しい台帳作成)と、その経費は殆ど村で負担したことなど、「村から見た地租改正」を、史料で具体的に示すことを心がけました。
 また、青森県所属当時の「第三小区会議案」も大変珍しいもので、この叢書以外ではまず見られないでしよう。
 そのほか、当時の村の生活を表す願書や報告に見られる出来事、警察費や祭典費の負担、道路工事や旧岩谷橋架け替えの詳細のほか、出産・死亡・売買など、いろいろな出来事があります。
 また、それらの願書や住民名簿などの中に、市民の皆さんの祖父や曾祖父の名が出てきたりすることも、興味をそそるかもしれません。
 これまでの「福岡三部作」では、それぞれの巻に、県下でも『二戸史料叢書』にしかない重要な史料を収録してきました。
 (例えば、『五日町検断所』の巻の、幕府御用金盗難事件や、町政プロデューサーとしての御蔵肝入。『福岡町』の巻の、町会・予算決算・町村事務報告など)
 今回も「地租改正」の具体的な記録など、他では見られない貴重な資料を集めて編集しましたが、厖大な史料の中から限られた資料を精選・収録したため、まだ決して十分とはいえません。
 「解題」では、江戸時代から明治までの福岡村の字名・地名の変化を詳しく解説しましたので、市民の方々には、ご自分の居住地がどんな変遷をたどってきたのか、知って頂き、昔からの文化財やすぐれた景観など、今も残る古いよいものを大事に守っていただきたいと思います。

二戸史料叢書 第十四集『東北の松下村塾 会輔社(上)』

   (平成25年2月発行  2,000円 510g)

 今回は「開明二戸のシンボル」、会輔社の特集です。東北の一隅、茶室「槻蔭舎」で始まった会輔社は、「北の松下村塾」、会輔社を生んだ福岡は「東北の鹿児島」とたたえられ、その史跡・史料は市の文化財に指定されています。

 本書は、会輔社の起こりと盟約に筆を起こし、会輔社の師、会輔社規則、社員名簿、会輔社の支柱小保内定身、会輔社の事蹟、稲荷文庫等までで、以下は次巻に収録の予定です。幕末から明治にかけての動乱と国難の時期、私たちの身近な祖先が、新しい時代の国づくりのため立ち上がった経過を、市民の皆さんに読んでいただきたい一冊です。

二戸史料叢書 第十五集『東北の松下村塾 会輔社(中)』

   (平成26年2月発行  2,000円 545g)

 今回は二戸地域の学校教育に関する会輔社の活動を取り上げました。

 幕末の頃、藩の教育改革に率先して応えた、藩校の分校ともいうべき「令斉場」(名前は藩主利剛公の命名)の活動。江刺県学校「寸陰館」と会輔社。「福岡小学校」の創立と会輔社の深い関わり。創立後前途多難の小学校を守る会輔社員、特に、学区取締、岩舘武敏の活躍はドラマのようにおもしろく、多くの方々に読んでいただけるよう、特に一部に振り仮名をつけて収録しました。

 そのほか、会輔社が東北の内乱を阻止した「真田太古事件」の資料を収録しています。


二戸史料叢書 第十六集『東北の松下村塾 会輔社(下)』

   (平成27年3月発行  2,000円 545g)

 第十六集は、「会輔社」シリーズの(下)。三部作の完結です。

 今回の前半は、「東北の松下村塾」と呼ばれ、地域の精神的基盤となった私学校「会輔社」の先進的教育 と、それを支えた経済的仕組み、同社を代表する小保内定身(さだみ)の急死と同時に始まる会輔社の崩壊の「足取り」を取り上げています。
 後半は、地域の活性化と殖産興業の偉大な実践例として、我が国の牧羊界の先駆者・蛇沼政恒(じゃぬままさつね )の牧羊事業を取り上げ、政恒の苦闘を支えた、その人柄や信念・教養に光を当てています。


二戸史料叢書 第十七集『二戸先人の詩歌』

   (平成28年12月発行  2,500円 540g)

 第十七集は、『二戸先人の詩歌』を特集しました。平成17年に刊行された第八集『福岡の武芸』と対を なすもので、「文武両道の二戸」がそろったことになります。

 前半は「社寺掲額」。葬儀や法要のとき、家族・親類・友人・門弟たちが故人への思いを額にしつらえて、 呑香稲荷神社、龍岩寺などに奉納した詩(漢詩)や短歌、俳諧を紹介しています。江戸に遊学中、病のため 早世した学友への哀切さ極まる追悼の詩。中国で戦死した吾が子へ寄せる母の愛の歌。武道、学問の師に抱 く、門弟たちの尊崇の思いを詠んだ句など、心揺さぶられる作品に出会うことができます。
 後半は俳諧をたっぷりと「俳諧詩歌集」。寛政の初め(1789~90)、下斗米家を尋ね来た京都・落柿舎重厚の紀行句集「さゞれ川」に収録された、26年間にわたる810首、また、二戸市鍵取の古梅園の 祠(ほこら)に納められた「奉納詩額」に見る九戸政実への心情溢れる梅花詩の数々、ほかにも「名所古蹟の歌」「福岡 十勝詩」など、二戸を愛する人々の格調高い作品を紹介しています。
 
二戸史料叢書 第十八集『藩政期の二戸 福岡 浄法寺 Ⅰ』 ― 盛岡藩「雑書」抄 ―

   (平成30年3月発行  3,000円 524g)

 第十八集は、〈盛岡藩「雑書」抄〉を副題に、『藩政期の二戸 福岡 浄法寺 Ⅰ』の表題で刊行しました。 盛岡藩家老席日記といわれる「雑書」から、二戸地域の出来事を抽出し、これに三戸・八戸などの近隣地域 の出来事や、藩全般にかかわる記述、幕府や藩主からの通達等も収録し、記事ごとに見出しを付けています。
 この第十八集は、平成18年(2006)に刊行された史料叢書別冊『福岡通りの三十年』に続く形で、延宝2年(1674)から元禄2年(1689)までの16年間の事柄を収録しています。
 例えば、毎年、幕府へ報告されていた「宗門改」で、天和3年(1683)の盛岡藩(青森・むつ―岩手 ・北上)の総人口は、306,032人、二戸郡は16,771人だったこと。また、天和1年(1681) の「舫金(もやいきん)制度」の整備・確立。何度か出された「生類あはれミ(令)」の貞享4年(1687)の分などを収録しています。
 「雑書」全体では、正保元年(1644)から天保11年(1840)までの197年間の事柄について、190冊に記録しているといわれています。『藩政期の二戸 福岡 浄法寺』は、シリーズとして、長期刊行の予定です。

二戸史料叢書 第十九集『藩政期の二戸 福岡 浄法寺 Ⅱ』 ― 盛岡藩「雑書」抄 ―

   (平成31年3月発行  3,000円 488g)

 「雑書」シリーズのPartⅡ。第十九集『藩政期の二戸 福岡 浄法寺 Ⅱ』は、元禄3年(1690)から同10年(1697)までの8年間を収録しています。
 元禄7年(1694)の記述では、盛岡藩3代目、南部29代・重信の八男主税へ二戸郡・和賀郡の新田五千石を、九男主計へ三千石を、それぞれ分地して幕臣(旗本)とした際の地域・石高が、こと細かく記録されています。この領地はやがて、宝永3年(1706)、打ち続く凶作で収穫が乏しくなり、藩へ返納したことから「御返地」とよばれることになります。
 盛岡藩家老席日記といわれる「雑書」から、二戸地域の出来事を抽出し、三戸・八戸など近隣地域の出来事、藩全般にかかわる記述、幕府や藩主からの通達等も加えて収録し、記事ごとに見出しを付けています。


二戸史料叢書 第二十集『藩政期の二戸 福岡 浄法寺 Ⅲ』 ― 盛岡藩「雑書」抄 ―

   (令和2年3月発行  3,000円 492g)

 「雑書」シリーズのPartⅢ。第二十集『藩政期の二戸 福岡 浄法寺 Ⅲ』は、元禄11年(1698)から宝永2年(1705)までの8年間を収録しています。
 この期間、盛岡藩内は、毎年のように長雨、強風、冷夏、降霜……といった過酷な天候不順に苦しめられました。年間の納米量は、元禄7年の(3斗7升入)14万俵から、2万俵不足、3万俵不足――と年々減り続け、同12年は6万6千俵の不足、同14年は4万9千俵の不足、同15年に至っては、納米5万9千俵、不足8万1千俵にもなり、悲惨な期間となりました。
 盛岡藩家老席日記といわれる「雑書」から、二戸地域の出来事を抽出し、三戸・八戸など近隣地域の出来事、藩全般にかかわる記述、幕府や藩主からの通達等も加えて収録し、記事ごとに見出しを付けています。


 
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